摂食障害:ことばが伝わらないと感じるとき
摂食障害
2025.02.18
いずみハートクリニック 泉和秀先生コラム「情熱しかない」より
遅れてしまいましたが、泉先生よりご了解をいただくことができまして、また温かいお言葉も頂戴し、ひきつづき折々ご紹介いたしたいと思います。
教科書的な数値や基準を読んでも、さまざまな治療論を読んでも、目の前のひとりのその人に何をどうしていくとよいか、は本当にテーラーメイドなのです。しかしながら、泉先生の一連のコラムには、とくに病気が長期化するまえの最初の出会いという重要な時期になにをどう考えていくか、たいへん具体的な工夫がたくさん示されています。機械的にガイドラインに沿った数値を設定せずに「治療的な観点から」数値を考える。そこには「そのひとのこころのありよう」の理解があることが不可欠。
2014年4月3日「情熱しかない」より
” 一般的には、体重が低くなると心の状態も悪くなりますが、体重が低くても心の状態はさほど悪くない人もいれば、ある程度の体重があっても心の状態はとても悪い人がいます。
問題はその心の状態にあるのです。
心を見つめなければなりません。”(中略)
”これでは漫然と通院治療を行っていても、徐々に病気が進行するのは明らかです。
体重が落ちるのも時間の問題ですし、このまま見過ごして治療が長引けば長引くほどに治る可能性が下がるだろうと思います。しかし、今、治療を受けている病院では体重が落ちなければ入院の対象にならないとのこと。
では、通院治療でどこまで支えられるのか、どれだけの手を打っているのかと思うと、「調子はどうですか?」と伺う程度の診察のようです。
拒食症の人を見ていると、このようにして治療期間が長引き、徐々に治らない人生を送っていく人が多いような気がします。”
摂食障害(拒食の始まっている時期)の”難しさ”はこの「どんどん進んでいく時期の難しさ」と、「すっかり痩せが進行してしまってからの難しさ」があると思いますが、前者の時期に、その難しさにしっかり向き合えれば後者の困難さの比率は理屈から言えば下がるでしょう。犠牲にしなければならないこともずっと少なくて済むはずです。
”現実には、こうした心を閉ざしかかっているような人を治療に導くのは難しいことです。
(中略)
こんなとき、その状況を打破するためには、やはり情熱しかないと思います。
その人の心を見つめ、その人の人生を見つめ、その人に不幸な人生を歩んでほしくない。
そんな目を持っていなければ、情熱は生まれてきません。
逃げ出したくなるような”うっとうしさ”や”こわさ”は、「魔物」が感じていることだと思うこと。
魔物に取りつかれている底にある”助けを求めているはずのかぼそい声”を信じること。
「先生のこと最初は大嫌いだった~!」
「こいつ、何言ってんだ!って実は思ってた~」という言葉が聞けたり
「こっちも毎回ドア開ける前に深呼吸してたわ~」と返したり
何年かして笑いながらそんなやりとりができる
それが確信になります。
情熱を持ったかかわりは、病気に支配されている人にとってはとても厄介なもので逃げたくなるものです。
そこはすれすれの駆け引きになります。
しかし、拒食症の人の本当の自己の心に情熱をもって呼びかけ、その力を引き出すことによってしか救うことはできない。
私の治療経験からはそんなふうに思います。”
「絶対にもうここには来ない!治療はする必要ない!」と激怒した過去を振り返って、「あのときそれじゃ、もう来なくていいと言われたらどうしようと思っていた」というような言葉が聞かれれば、不機嫌そうな拒絶に出会ってもその確信をもってしっかり立っていられるようになるでしょう。
経験しなければ信念は育ちにくいかもしれませんが、
経験できれば信念が育ちます。
経験しましょう。やみくもにではなく、臨床のコツをたくさん携えて。